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Relocalizing:新しい「地場」産業をつくる

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Relocalizing:新しい「地場」産業をつくる

最近企業にさまざまな社会課題解決の提言をする中で、これからのブランド価値創造のキーワードとして、「個人化」とともに「地場化」という言葉にこだわっている。ここでは、新しい「地場」というコンセプトについて考えてみたい。

地場産業といえば、地方に発祥・歴史を持つ、一次産業や伝統工芸などの産業クラスターのイメージが強いが、今回言及しているのは別の意味合いだ。
すなわち、「土地の自然環境や地域文化・コミュニティ固有の潜在価値を発掘し、持続的に価値を高めていく新しい産業のあり方」である。発祥がその土地でなくてもよく、むしろ外部の視点から「地場」の潜在価値を再発見できることも多い。

地域で取組みをされている方からすると、当然のことに思うかも知れないが、東京に本社があるような大企業では、「地場性」という概念は失われがちだ。(もちろん「地場」は地方だけでなく、東京のような都市にもあるべき概念のはず)。

そして、ローカルな企業はもちろん、今までマス型ビジネスを拡大してきた大企業やグローバルブランドこそ、これからは「地場」の価値をより重視して投資や支援、新しい価値創造を探求することで、大きな社会的インパクトを生み出せると考えている。

◯なぜ「地場」なのだろうか?

第一に、今日では画一化された機能や品質の差異から、多様化された意味や体験・文化の差異こそが、主流の価値として求められるようになってきていること。

20世紀型のマスブランドは、効率的な生産と大量供給による規模の拡大という、いわば生産者の都合で生み出されて来たものであり、必ずしも消費者ニーズではない。そもそも「消費者」という概念自体もそうだが、マス流通とマス広告によって作られた「架空の信頼」(=ブランド)のシステムによって成長を遂げてきたものだ。

そこでは全てが“同じ品質の保証”が大きな価値を担ってきたが、基本的な品質が(過剰なほど)担保された今の時代には、むしろ自分にとって特別な、他にない個性や価値・体験が重要になっている。そして今の考え方は、ブランド=「リアルな繋がりの信頼」なのだ。新世代の生活者の価値観は、匿名のモノの消費から、作り手や地域との繋がりにより意味を見出すようになっている。実際のところ、あなたも私もそうではないだろうか?

食などは特に顕著だが、近年スーパーのビールの棚が、クラフトビールで大きく多様化しつつあるように、地場性を持つことは、マス製品にはない土地固有の物語やリアルな文化体験、人やコミュニティと繋がりという、より価値ある消費の「意味」を生み出すことにつながる。近年のマス・カスタマイズや多品種少量生産テクノロジーの成熟とコスト低下も、マス製品の地場化を後押ししている。

観光や不動産はもちろん、ファッション・ライフスタイル産業なども、リアルな体験とつながる「地場性」が今や重要な価値要素になっている。日本発のグローバルブランドも地域性にアイデンティティを求めることが多い。IKEAなど北欧のデザイン文化というブランドであったり、スノーピークの新潟三条キャンプフィールドというシンボリックな場であったり、SHISEIDOの銀座という都市の物語/文化であったり。

第二に、地場にこそ、人やコミュニティと繋がるリアルな社会課題解決があること。マス生産・マス流通の発展は、作り手とユーザーが互いに顔の見えない消費経済をグローバルに拡大してきたが、それがお金で代替できる取引関係を強め、環境破壊や経済格差などさまざまな社会課題を生み出してきた。

「地場化」=生産と消費のミッシングリンクを可視化・再連結することでもあり、これからの時代にトレーサビリティや付加価値強化(六次産業化・地場ブランド化)、地産地消など循環型経済の観点からも欠かせない。今日的なビジネスプロセスの「地場」化は、SDGs実現の戦略そのものでもある。

そして第三に、地場にこそ日本の未来の強みがあること。日本は世界的にも希少な地域の自然・文化・コミュニティの多様性を持ち、自治体や観光・地域産業などでは、随分前から土地の固有性を活かした差別化と独自価値強化にフォーカスしてきた。

再生可能エネルギーや、一次産業イノベーションによる付加価値化、食文化に工芸(クラフト)・自然・文化/スポーツ・産業ツーリズムの豊富なコンテンツなど、その可能性を枚挙すればきりがないほどだ。地場起点の新しい製造業やサービス業モデルも登場してきている。スノーピークや星野リゾートが地域資源を生かした地方創生-需要創出型のCSV経営を行っているように、こうした「地場」と結びついた新産業と社会価値創造が非常に重要になってきている。

製造業は工場を地域に持つ場合が多いが、生産拠点に止まり、地場の自然・文化やコミュニティ価値自体を上げていく「場」としての機能は限定的な場合が多く、ここには新たな価値転換チャンスがある(ヤマハが浜松エリアに音楽文化/技術の世界的な人材・コミュニティを育ててきたことなどは数少ない例外かもしれない)。
営業拠点などは地域密着サービスで、コミュニティを支えることが重要な場合も多いが、企業活動の中では多くの場合、販売段階のプロセスに限定されがちだ。「地場化」においては、バリューチェーン全体で戦略的に、地域の価値を高める価値共創プロセスを構築することが重要になってくる。

例えば、個人的に何度か訪れて感銘を受けたのは、日本の広葉樹林の潜在価値を発掘し、テクノロジーとデザインで新たな林業のエコシステムとコミュニティを創造し、都市やグローバルなクリエーターのコミュニティとも繋げている岐阜県の「飛騨クマ」のような取組みだ。売上や規模以上にこうした「地場」のサステナブルな、新しい産業モデルを生み出す挑戦には、大きな将来価値があると感じる。

そして、日本の地域の持つ資源や文化の多様性・匠の技術と価値観は、テクノロジー×クリエイティブ産業と相性がいいと思う。規模と効率・成長を最重視する都市集中型のグローバル資本主義的価値観から、分散型で自然環境を活かし、人間性と幸福感を高め、コミュニティを育むもう一つの産業モデルを創るというビジョンには、より魅力を感じるのだ。

◯どうやって「地場化」しうるのか?

では具体的に、マス型企業がこれからの「地場産業化」(Relocalizing)にどう取り組んでいくかについては、例えば以下のようなアプローチがある。

①サプライチェーンのリローカライズ(地産地消化)をはかる
②地場の環境保全はもちろん、地場の環境を活かした事業を創造/支援する
③労働力雇用にとどまらず、教育/文化・生活環境づくりに投資する
④地場の文化・コミュニティ拠点の場をつくる/支援する
⑤事業拠点を文化/観光・コミュニティ拠点化する(産業ツーリズムなど)
⑥地場のブランド価値を共に高める開発・マーケティングの協働をする 
⑦独自文化や伝統・多様性を活用した製品サービスを共創する
⑧ナショナルブランドのローカライズの価値を共創する
⑨生産者・地域とグローバルな顧客を顔の見える形で繋げる/支援する
⑩地場で経済が回る分散型のプラットフォームをつくる/支援する

既に国境を超えて、様々な「地場化」の取組みを行なっている先進企業が存在するが、このテーマはもう少し今後掘り下げていきたい。

またこのコロナ禍で、資本余力のない地域の中小企業の多くが危機に直面しており、今、地場産業の多様性が失われるリスクが顕在化している。一方、オンライン化で場所に拘らない働き方・暮らし方(医療や教育も)・情報アクセスが一気に進みつつあり、ローカルの新しいチャンスも生まれている。リモートワークの浸透で、企業が固定費削減も含め、物理的にどこに本社を移してもよい時代になっている。

集中から分散化への転換は、今や産業・社会全体にとっての重要な課題となり、大企業も含めた新しい「地場」産業づくりこそ、循環型経済や社会価値創造型資本主義の実現に向けて、これからの重要なテーマになっていくはずだ。