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ソーシャルジャスティスと、コミュニケーション倫理

ソーシャルジャスティスと、コミュニケーション倫理

最近読んだ本で、ハーバード大准教授で小児精神科医の内田舞氏の「ソーシャルジャスティス〜小児精神科医、社会を診る」が良著だったので紹介を。

ダイバーシティ&インクルージョン、人種やジェンダー差別の問題については近年さまざまな事件や言説があるが、アメリカに住んで仕事と研究をする著者は、精神分析や脳科学の観点も取り入れながら、リアルな差別や炎上・価値観の分断などの問題について、幅広いテーマを考察している。

まず、現在ソーシャルメディア(やテレビでも)頻繁に起こっている炎上や心理的操作のパターンについて、言語化することで問題点をわかりやすく整理している。例えば以下のようなもの。

Whataboutism(あなたはどうなの?論法):Twitterなどでよく見かける「そういうお前は〜してるけどどうなんだ」という揚げ足取り。環境問題を言及する人に”電気や飛行機や使っているくせに”といった、正論をかわしながら論点をずらすのによく使われるパターン。

Strawman Strategy(かかし術):本質的な論点とは違う論点(かかし)を提起して、それを攻撃することで、本来の論点を議論させないパターン。社会的に問題のある人物だからとテロリズムを肯定するなど、それぞれ自分の論点に執着するから、複合的な議論として歩み寄ることが難しい。

Ad Hominem(人格・人身攻撃):その人の意見に反論する代わりに、人格・容姿などを否定する論法。ルッキズムや人種・ジェンダー差別でもよくあるが、科学者や専門家などでも、正論の発言内容より発言者を否定することで、カタルシスを得ようとする行動も頻繁に見られる。
本書の表紙も、著者が妊婦のCovid-19ワクチン接種を啓蒙する運動をした際の写真だそうですが、様々な人身攻撃があったそうで、見かけの印象で評価を定めがちな無意識のバイアスに気づかされる。

Gaslighting(映画「ガス燈」に出てくる、被害者に責任や問題を押し付ける話法):ハラスメントやDVなどでもよく見られるが、被害者の発言や行動にも問題がある、一方的な解釈を押し付ける、センシティブ過ぎると批判するなど、被害者の弱さにつけ込んで追い込もうとする心理的な操作法。

このようにソーシャルメディア(やマスコミ)で頻繁にみられる現象が概念化されているが、無意識のバイアスや無自覚な差別発言(マイクロアグレッション)の形成過程も含め、理解しておくべき概念や指摘が沢山ある。

本書では米国に暮らす著者ならではの体験を通じて様々な論点が触れられているが、一つがアジア人ヘイトについて。この数年のコロナ禍で国境と交流が隔絶されて、国家の分断が進む中で、理不尽な人種差別やヘイトが加速したことは、日本人にもより自分ごと化されるかも知れない。しかしこれだけ多様な背景や経験、アイデンティティを持つ個人が増えている時代に、国籍や所属で一括りにして偏見を語ったりしないような倫理を持つことが大事だと思う。

本書では集合的意識が生み出す現代の「キャンセルカルチャー」(ある人や作品の、場合によって過去の問題ある行動や発言・描写を罰して、その人の成果や作品などを全否定したり、業界から追放するなどの集団的排除)についても警鐘を鳴らしている。これも最近日本でも著名人のスキャンダルによる自粛など、顕著になっている現象だ。

オバマ元大統領は「世の中を良くするためには誰かの非を指摘し、攻撃するしかないと考える若者も多く、SNSによってこのようなキャンセルカルチャーが加速しているが、それは変化をもたらすアクティビズムではない。」と語っている。「罪とは無縁で過去に間違いのない人などいない。世の中は純粋ではなく、もっと複雑なものだ。とてもいいことをしている人にも欠点はある。」
ディズニーが、過去作品の人種などの偏見を、作品冒頭で説明しながら、敢えて見せることで再評価・議論を喚起するといったアプローチの方をとっているが、より建設的なアプローチだろう。

ソーシャルメディアが個人の発信・拡散力と集合的な影響力を良くも悪くも増幅する時代、集団的な感情発信の暴力性を制御する新しいコミュニケーションの倫理や作法を確立し、共有されることが重要に思う。
信頼できるソースでファクトを確認・深掘りすること、個人の攻撃・否定に走らないこと、感情的なネガティブ論調や、責任主体のない世の「ムード」とは距離を置くこと。
そして新しいメディアの力を有効に活用しながら、ポジティブなアクションと対話を実現していくこと。次世代への変化を生み出す伝播(アドボカシー)と行動を、主体的に起こしていくスタンスが今、求められている。