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社会変化と「ブランディング」再定義:新時代の価値創造を実現するために

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社会変化と「ブランディング」再定義:新時代の価値創造を実現するために

(本投稿は、全日本広告連盟機関誌2020年11月号:巻頭寄稿の転載です。)

・価値づくりの方法論としての「ブランディング」

日本社会のデフレ経済が続く要因は、金融政策の問題にとどまらず、生産性の低さやイノベーションの停滞などさまざまな議論がある。しかし本質的な課題として、顧客にとっての「価値づけ」がうまくできてこなかった点を指摘したい。

多くの日本企業は、技術・品質は高くても、コスト削減で「いいものを安く」の横並び発想から抜け出せず、顧客にとって独自価値を創り(値上げして)収益に変える力が弱い。それゆえ価格競争による収益性低下を招き、利益を人や再投資に回せていない。実際に日本はOECD35か国の中で唯一、実質賃金もこの20年マイナス成長となっており、物価が下がっても割高感が増す、縮小均衡サイクルに陥っている(図1)

図1

「ブランディング」とは、単なる広告による認知やイメージづくりではない。顧客にとっての価値づくりの体系的な方法論である。品質や性能にとどまらず、一貫したブランドの思想やストーリー、デザインやスタイル、サービスや体験価値を含めて、顧客にとって唯一無二の価値を提案することで、ロイヤルティや知覚品質を高め、企業に持続的な利益をもたらすものだ。

かつては日本経済を牽引してきた多くの製造業の沈滞は、欧米(最近では中国も)ですっかり標準化したこの方法論を形式知化できず、ソフト・サービス経済シフトの中で、“モノ作りから価値づくりへのシフト”が、充分に行えてこなかったことが一つの要因だと考える。未だに「ブランディング」を、イメージづくりや精神論として語るのはそろそろ止めにすべきだろう。


・デジタル・トランスフォーメーション(DX)とブランディングの焦点シフト

もう一つ指摘すべきは、産業のデジタルト化で「価値」のつくり方自体が大きく変化している点だ。メディア・生活者の変化がもたらした今日的なブランディングの焦点のシフトを、4つのポイントでまとめてみよう(図2)

図2

第一に価値伝達の手段のシフトだ。GAFAを始めとした21世紀のリーディングブランドは、ほとんどがデジタル・プラットフォームを価値提供の中心に据えている。そのブランドは、ロゴやメディアを通じた広告コミュニケーションよりも、むしろ直接的な顧客体験(CX)そのものによって創られている。

第二に価値づくりの主体の変化だ。今日のブランドは、もはや企業が消費者に一方的に価値を提供し・コントロールできるものではない。SNSなどで情報発信力が拡大した生活者による価値の共有や評判形成、そして(個人データ共有を含む)顧客とのインタラクションを通じた共創によって創られているのだ。

第三に顧客との関係性のシフト。マス広告やマス流通を通じて、マスプロダクトを効率的に販売するモデルは、20世紀に大量消費経済の爆発的成長をもたらしてきたが、作り手とユーザーが互いに顔の見えない消費経済は、お金で代替できる取引関係を強め、環境破壊や経済格差・大量の資源ロスなど社会問題を生み出しており、次第に時代にそぐわないものになりつつある。

一方、企業やブランドが顧客と直接つながる時代になって、一人ひとりの顧客に最適化した価値を届ける、D2C(Direct to Consumer)ビジネスが飛躍的な成長を遂げつつある。これはスタートアップの話ではなく、例えばナイキのD2C事業はすでに1兆円規模を超えているのだ。D2Cブランドは単なる一過性の流行ではなく、21世紀のブランディングの標準形となっていくものである。

第四に企業にとってのブランディングの位置付けシフトだ。今日のブランディングは、単に製品サービスの市場での差別化手段ではない。生活者が企業と直接つながり、製品を提供する企業の姿勢や価値観・行動でブランドを選ぶようになりつつある中、組織の存在目的や価値による支持と、コミュニティづくりに焦点が移りつつあるのだ。

・ 資産から将来価値の可視化へ:ビジョン主導のブランディング

続いて、今日の企業経営にとってブランディングの果たす役割変化を見ていくことにしよう。重要なポイントは、「将来価値の可視化」という観点だ。
近年企業の資金調達方法が借入(デッド)から株主資本(エクイティ)に大きくシフトする中で、安定経営からより成長志向が強まり、事業がどのような社会課題を解決し飛躍的に成長するのか、というビジョン主導のブランディングが、企業の資金や人材調達を通じて成長を加速する上でもカギとなっている(図3)

図3

これは何もスタートアップに限った話ではない。今年のコロナ禍の環境で、テスラの時価総額がトヨタを抜いたことは記憶に新しいが、日本の大企業の多くが、新価値創造と飛躍的な事業転換による成長ビジョンを創り出せないでいる。

ドラスティックに環境が変化する時代の企業経営では、技術や製品以上に社会ビジョンの提示による「将来価値の可視化」を通じて、共感と支持、投資などの資源調達やパートナー獲得をはかる、世界レベルの競争が起こっているのだ。内部的にも明快な社会ビジョンを軸に、求心力や動機付け・イノベーションの加速が求められている。

・コーポレートブランド経営から、パーパス・ブランディングへ

経営課題としてのブランドの捉え方については、社会環境変化を踏まえて特に日本企業にとっての課題の変化を述べておきたい。

多くの日本企業にとって、ブランドが経営課題として認識されたのは1990年代~2000年代であるが、当時は「コーポレートブランド経営」が一つのキーワードになっていた。事業のグローバル化・多角化・M&Aによるグループ経営が拡大したこと、戦後の創業者によるカリスマ経営から世代交代によるブランド経営への転換が求められていたことが時代背景としてある。

また企業の時価総額に占める無形資産の割合が高まっていく中で、デービッド・アーカーの「ブランドエクイティ」(ダイヤモンド社)が1994年に日本でも出版され、企業経営視点での「資産としてのブランド」への注目が集まったのもこの時期である。

当時のコーポレート・ブランディングでは、ブランドという無形資産に注目し、企業や組織のガバナンス・求心力強化を図ることが主要な目的となっていた(図4)

図4

ところが、2020年の今日では事業や社会環境は大きく変わっている。企業にとってはデジタル化と破壊的イノベーションへの対応が課題となり、大企業の暖簾としてのブランドは、時として既存の価値観やカルチャーに拘泥しイノベーションを阻害する要因になりかねない状況だ。むしろ旧来の組織の価値観を破壊して、市場創造を実現する個人や組織の遠心力こそが求められているのだ。

また、企業・組織と個人の関係も大きく変化している。自立した個人の能力を発揮するようなワークスタイル改革が進み、同質的・集権的な組織の価値観を求心力とするより、多様性をもった個人のモチベーションや働きがいを高める、組織経営への志向が高まっているからだ。このことはギャラップ社など多くの調査で、日本企業の従業員エンゲージメントが先進国で最低である事実からも明らかだ。

さらに、環境破壊や経済格差など株主資本主義の弊害が顕在化し、SDGsの実現など、事業を通じた社会課題解決がグローバルな企業経営のテーマになる中で、企業のより大きなパーパス(社会的目的)に共感・支持する人が集まり、個人を主体に価値共創を実現していく「パーパス・ブランディング」が注目されている。

これは単にミッションなどの言葉の言い換えではない。企業と個人の関係が大きく変わる中で、企業主語にとどまらない、個人や外部のコミュニティと企業・ブランドの価値共創へのシフトを意味することを、理解する必要がある。

・コロナ禍が加速した社会環境と価値創造の変化

2020年の社会を誰もが予期せぬかたちで激変させ、今後もさまざまな影響をもたらすことが確実なCOVID-19は、企業や生活者の価値観も大きく変化させた。

環境・サステナビリティ重視の価値観の高まり、過度な成長志向の見直し、経済よりも人間中心の暮らしや社会のあり方への根本的な問い直しなど、多くの人が他人事ではなく、自らの体験を通じて社会のあり方を考える機会をもたらしたからだ。

ブランドはこうした変化にどう向き合うべきだろうか。リアルな社会課題が顕在化し、事業転換を迫られる企業も多い中、既存の製品価値やポジショニング発想に囚われず、自らの存在目的や能力を活かし、より人間性に関わる具体的なアクションで、支持するコミュニティの形成を図っていくことだ。

P&GはCOVID-19後の取り組みで、洗浄・衛生用品の供給という基本使命にとどまらず、企業のシチズンシップ活動の重点方針に基づいて、ジェンダーや人種的マイノリティが不利益を被る状況への支援プログラムを提供し、また米国で勃発した人種差別事件に対応して、BLM(Black Lives Matter)運動への積極的な支援・行動主義を打ち出した。https://note.com/embed/notes/n7dcdf2a8f4da

また、サントリーは酒類メーカーとして医療関係者への消毒アルコール生産提供をはじめ、オンライン飲みでつながる応援コミュニケーション企画(「話そう」など)、飲食店予約先払いプラットフォームを提供するベンチャー「さきめし」と組んで、需要激減に苦しむ取引先でもある地域の飲食店支援などを行ってきた。

このように、今こそ自らのパーパス(存在目的)を問い直し、社会課題解決に向けたブランドアクションで、新たな価値創造と長期的なファン形成、事業転換を加速していくチャンスなのだ。

ブランディング広告のあり方・役割はどう変わるのか

最後に、これからの時代のブランディングにおける「広告」のあり方について、3点だけ簡単に触れておきたい。

日本でもデジタル広告がテレビを抜き、大手プラットフォーマーを軸に1stパーティデータに基づく広告ターゲティングやパーソナライズが進化している。広告形態もメディア枠にとらわれず発信・拡散される「コンテンツ化」しつつある。マス広告も、既存メディアのデジタル化やプラットフォーマーのマス化が進む中、「個とダイレクトにつながる集積としてのマス」に変貌している。

生活者主導の時代のブランディング広告は、個人の関心や行動タイミング・接点に合わせて情報やコンテンツを提供すること、すなわち「広告は、一人ひとりに寄り添う体験を提供する」ことがより大事になってくる。

一方、メディアや情報の個別化と分散化が進む中、多くの人に情報や価値を共有することが難しくなっている。ブランディング広告は認知形成にとどまらず、メディアの社会性を活かして、個人や同質的なグループを超えて多様な社会の価値観を伝達・形成していく力をもっている。すなわち「広告は、パブリックに社会的価値を共有し広げる」役割がより求められるようになるだろう。

最後に、個人との直接的なつながり・共創がブランド価値創造の源泉になっていく時代に、広告も生活者やステークホルダーのインタラクションの契機になる役割が求められている。今日のブランディング広告は、一方的な情報伝達・イメージ形成にとどまらず、対話の起点なのだ。すなわち「広告は、顧客や生活者の行動・共創を喚起する」役割に、より進化していくべきいえるだろう。